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Family Academy

大学入学前に知っておきたい、いくつかのこと。「生徒」ではなく、「学生」として学ぶ意識を持つ。

大学での学びに対する心構えは?「今は受験勉強だけで手いっぱいなのに、そんな先のことまで考えられない」と思われるかもしれませんが、大学進学をめざすうえで入学後の姿を想像することは大切なことです。
大学で学ぶこととは何か。高校と大学との学びの違いについて、早稲田大学教育・総合科学学術院の吉田文(よしだあや)先生にお話をうかがいました。


吉田教授

1957年生まれ。東京大学文学部卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了(博士 教育学)。専門は教育社会学。カリフォルニア大学バークレー校高等教育研究センター客員研究員などを経て、2008年から早稲田大学教育・総合科学学術院教授。『航行をはじめた専門職大学院』(東信堂)などのほか、近著として単著『大学と教養教育』(岩波書店)、編著『シリーズ 大学(全7巻)』(岩波書店)がある。
※所属、役職などはすべて取材時のものです。

入職時、3分の1が非正規雇用という現実

 まず、18歳人口のうち短大・大学進学者は60年代初頭(昭和35年〜)が10%ほど、70年代初頭でも20〜30%でした。その時代においては、大学卒業後は「エリート」として社会に出ていくことが可能でした。その後、大卒であるということだけでホワイトカラー職がほぼ保証されていたのは80年代の半ば、少なくともバブルの頃までは、そういう状況にあったと言っていいと思います。その頃にはもう大学生は必ずしもエリートではなくなっていましたが、就職できないという時代ではありませんでした。
 ところがバブルがはじけて、いきなり雇用環境が悪くなった時期に、大学卒業者数が急激に増え始めました。第2次ベビーブーム層が大学を出ていく時代と重なるわけです。そして、18歳人口の2人に1人が進学している現在、企業の採用者数が減り続け、状況はますます厳しくなっているのはご存知のとおりです。しかも、いまや入職者の3分の1は非正規雇用者、フリーターとして働かざるをえない時代であり、さらに、そういう仕事にすら就けないような人たちも出ています。親御さんにとって心配の種は尽きませんが、そうした就職戦線に立ち向かうべく、大学での学びの姿勢についてお話ししますので、受験生活をサポートするだけでなく、折を見てお子様にアドバイスしてください。

「学校」と「大学」の学びの違い

 受験勉強と言い換えてもいい「学校=スクール」である小・中・高までの学習と、「大学=ユニバーシティ」に入ってからの学習には決定的な違いがあります。そのことを高校生の段階からきちんと踏まえておくべきではないか、と私は強く思っています。非常に単純化して言えば、高校までは必ず正解がある勉強をしている。問題を解いて正解がある。何かを暗記して、それをきちんと試験のときに書ける。いかに短時間で正解にたどり着けるかと言ってしまってもいいくらいです。それは否定されるべきものではなく、やはり基礎的な知識として当然、大人になって持つべきだろうと思われる内容が、高校までの学習の中に組み立てられていますので、きちんとやっておかなくてはなりません。
 では、大学は何が違うのか。もちろん、大学でも高度な知識や技能を覚えるという学習は行います。大きな違いは、自分で問いをたて、自分なりに答えを見つけ出していく、その方法を学問を通じて学び、身につけていくという点です。そういうことを高校生にも知ってほしいし、親御さんにも強く訴えたい。大学を卒業して世の中に出て、答えのあることのみを「仕事」としてできる人はほぼ皆無ではないでしょうか。どうしたらいいかわからない問題に突き当たったとき、どうやって解決して、一番いい方法を見出していくか。就職すれば、そんなことは自然に鍛えられていく側面かもしれませんが、そこへの移行期に位置するのが大学での学びだと思います。

「生徒」ではなく「学生」として学ぶ

 かつて大学は「狭き門」でしたが、近年は大学の定員増やAO・推薦など多様な入学者選抜方法の導入もあって、難関大学を除き、かなり「易き門、広き門」になっています。大学に入ることが学力的な面で簡単になり、中学1年でやる一次関数、Y=aX+bが解けない高校生が工学部に合格するという現象すら起きています。
 従来の受験生であれば、当然身につけていたであろう学力がなくても入学できるようになったため、選んだ大学によっては、大学受験というものが高校生にとって“バリア”になっていません。昔ならしっかりと受験勉強をやるとともに、「大学に行くぞ」「大人になるぞ」と、心構えの面でもややジャンプしていたと思います。文化人類学的な言葉で言えば、一種のイニシエーション、通過儀礼を経て「自分は大人になる。そのかわり、責任もあるぞ」と意識したわけです。今はそういう感覚ではなく、「高校まで行った。じゃ次は大学か」、あるいは「就職できなかったから、大学に行こうかな」という例も多く、イニシエーション的な部分が非常に弱くなったと感じています。
 ですから、最近の大学生は自分たちを「学生」とは言いません。「僕ら生徒は…」なんですね。「生徒?」と聞き返すと、キョトンとしている。それから、「大学に行く」ではなく、「学校に行く」と言います。それを全然、不思議と思わない。私が本学で1年生を担当するときは、必ずその話をします。学校と大学は何が違うのか。生徒と学生は何が違うのか。歴史的な成り立ちに従って話す。「だから、あなたたちはもう生徒じゃない」という話をしないと、その意味が解らないんです。

「大学での学び」とは何かを知っていることが重要

 大学では卒業論文を書くとか卒業研究をするということを課してきました。自分は何に関心があって、何が解けない問題なのか。それに対して自分でどうアプローチして、自分なりの解決策なり答えを見出すか…というのが「研究」です。解決策を見出すときは思いつきでは駄目で、一定の手順、大学で言えば、学問的な考え方の方法なり解き方の手段なりが、それぞれの専門領域の手順としてあります。
 自分の立てた問いに対して、新しい考え方や大学というフィールドで学んだものを、自分なりにツールとして使いこなして解答を導き出す。そこが先に述べたように、正解のある問題集を解く「学校」での学びとの大きな違いです。
 大学教員として、学生にそういう体験を経て社会に出ていってほしいと考え、指導をしていますが、いかんせん、「僕たち生徒は…」と言う学生だと、そこの部分がなかなかわからない。理解するのに時間がかかります。したがって、そういう違いがあるんだということを、大学入学前にお子さんに伝えていただきたい。受験生の方は、どこか頭の片隅に入れておいてくださるだけでもいい。それを知っているか、いないかだけで、入学後の学習に大きな差が出ると思います。大学では、問題集を解く生活とは違うことが起きます。答えのある勉強をして、正解率何%を学習成果の目安にしてきた「生徒」から、いち早く脱却してください。

データでは見えない大学選びのポイント

 ここまでの話で、大学での学びの一端についてはご理解いただけたかと思います。最後に、大学選びのポイントをいくつか挙げておきます。
 大学進学率が低く、かつ「狭き門」だった時代は、送り出す高校側はむろん、受験生自身や親御さんも「浪人しても志望大学へ行くのは当然」という感覚がありましたが、今は難関大学でない限り、そのような感覚はありません。あえて言えば、高校の進路指導では、とにかく現役で入れるところに送り出そうとする。推薦で入れそうなところがあれば、「無理をせずに、ここ、どう?」という進路指導がなされてもいます。それが、先の一次関数が解けない工学部生につながるわけです。
 大学選びにあたり、お子さんの学力に若干の不安がある場合、初年次教育などに力を入れているかどうかがポイントになるでしょう。確かに就職率も大事ですが、その大学がどういう教育をやろうとしているのか、大学総体として、どういう教育をやって、どういう学生を育てていこうとしているかについて、明確なメッセージを持っているかどうか、「大人の目」でチェックし、お子さんにアドバイスしてください。
 また、文部科学省は、これまで大学のすぐれた教育の取組みに対してそれを継続すべく助成金を出すなどの支援をしてきました。GP(Good Practice:優れた取組み)事業といい、私は、このGPに選ばれた大学かどうかも、大学選びのポイントになると考えています。入学時の偏差値がそれほど高くない大学でも、そういうことに非常に熱心な取組みをしているところがあります。入学時点での学力偏差値は低いものの、「4年間でこれぐらいに成長させる。そのために、これだけの教育をやっています」というような大学はいくつもある。日本の場合、学生や大学を偏差値だけで評価してしまう傾向にあり、付加価値をつけることに対する社会からの注目の度合いは非常に弱い。早稲田で言えば、「早稲田がいい教育をやっている」のではなくて、早稲田の偏差値の高さを評価する。「早稲田で4年間よく勉強して成長した」ではなく、「早稲田に受かるなんて、すごいね」ということになる。出口の部分での評価ではなく、入口の部分の評価が出口の評価にまで影響を及ぼしています。
 大学は、子どもから大人への転換をするための装置であり、教育のやり方によって、大学生は驚くほど変わるものです。中堅クラスあるいはそれより偏差値の低い大学でも、4年間でどれだけ引き伸ばせるか、どれだけ力をつけるかということに対して、さまざまな取組みをやっているところが増えており、実際に成果を上げています。そういう大学は全国マーケットの労働市場にのらないため、世間の目に触れる機会が少なく、「あそこは偏差値40の大学でしょ」のような言い方をされることが多いようです。しかし、地元の企業にちゃんと正規雇用で採用されています。そういうローカリティの中では、入口の偏差値に関係なく、非常に高い評価がなされているということを知っていただきたいと思います。







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